近視抑制治療について

低濃度アトロピン点眼治療

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼

1%アトロピン点眼液は、強力な散瞳・調節麻痺薬であり、作用時間が長く、完全な回復に散瞳作用は12日間、調節麻痺作用は2週間かかります。シンガポールで行われたAtropine for the Treatment of Myopia (ATOM) 1スタディにより近視の進行を強力に抑制することが2006年に報告されました。2年間の近視進行抑制率は屈折値変化量で77%と報告されており、現在最も近視進行抑制効果が高い治療法であると認められています。

しかしながら強力な散瞳・調節麻痺作用と長い作用時間により、羞明や近見障害などの副作用が強く日常的な使用は実際には不可能で、さらに治療中止後に急激なリバウンドを起こすため、近視進行予防薬としては普及しませんでした。

近視進行予防薬としては、散瞳・調節麻痺作用が弱く、治療中止後のリバウンドが小さい点眼液が理想と考えらました。2012~2016年に報告されたATOM2スタディにおいて、0.5%、0.1%、0.01%のアトロピン点眼液の2年間の近視進行抑制効果と散瞳・調節麻痺作用、1年間の治療中止によるリバウンド作用が検討されました。

その結果、0.01%アトロピン点眼液は、2年間の近視進行抑制率が59%で、かつ羞明や近見障害をほとんど認めず日常的な点眼が可能で、さらに治療中止後のリバウンドを認めなかったと報告され、一躍世界中からの注目を集めました(図1)。

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼
【図1. ATOM1とATOM2における屈折値変化の経過のサマリー.
(Chia A et al. Ophthalmology. 2016. Figure 6を改変し引用)D:ジオプトリ―】

しかしながらこの研究はプラセボ点眼群が設定されていなかったため、2006年に報告されたATOM1スタディのプラセボ点眼群をヒストリカルコントロールとして屈折値変化量によって近視の進行を比較されていました。さらに眼軸長に関しては2006年以前には、子供の目に触れることなく眼軸長を簡単かつ正確に測る機械(IOLマスター®と言います)がまだ普及していなかったため測定方法が異なり、眼軸長変化量では有意な差が出ていませんでした。

このATOM2スタディの弱点を考慮して、2019年二重盲検ランダム化比較試験であるLow-concentration Atropine for Myopia Progression (LAMP)スタディにより、0.05%、0.025%、0.01%の低濃度アトロピン点眼群とプラセボ点眼群の4群において1年間の屈折値変化量とIOLマスター®による眼軸長変化量が前向きに比較されました。その結果、0.05%、0.025%、0.01%の低濃度アトロピン点眼液の1年間の近視進行抑制率は、プラセボ点眼と比べて屈折値でそれぞれ67%、 43%、27%で、濃度依存性にすべての濃度で有意な差を認めました。しかしながら眼軸長ではそれぞれ51%、29%、12%で、0.05%、0.025%で有意な差を認めましたが0.01%では有意な差を認めませんでした(表1)。なお2年目からはプラセボ点眼群は0.05%アトロピン点眼にスイッチされたため、2年間の近視進行抑制率は不明です(図2)。

1年間の比較

日本国内においては、6~12才の日本人児童を対象とした多施設共同二重盲検ランダム化比較試験であるATOM-J(JはJapanの頭文字)スタディが行われました。0.01%アトロピン点眼群とプラセボ点眼群の2年間の屈折値変化量とIOLマスター®による眼軸長変化量が前向きに比較されました。0.01% アトロピン点眼液の2年間の近視進行抑制率は、プラセボ点眼と比べて屈折値15%、眼軸長18%でともに有意な差を認めました。

これらの追試における0.01%アトロピン点眼液の近視進行抑制率は当初ATOM2スタディで報告された59%よりかなり低い数字でしたが、0.01%アトロピン点眼液は副作用をほとんど認めず日常的な使用が可能で、かつ近視進行抑制効果を認めると解釈されました。LAMPスタディによると0.05%および0.025%アトロピン点眼液は、耐用可能でかつ0.01%アトロピン点眼液よりも近視進行抑制効果が高いと報告されていますが、散瞳・調節麻痺作用も濃度依存性に大きくなります(表1)。

子どもの調節力は12ジオプトリ―(D)前後でとても大きいため-2Dの調節力低下によって近見障害を自覚することはまれですが(近見障害を生じる調節力は3~4D以下)、瞳孔径拡大による羞明自覚率は濃度依存性に増加します。2021年LAMPスタディ第3報によると、0.05%、0.025%、0.01%アトロピン点眼中止後のリバウンドは、濃度依存性に大きくなるものの、2年間点眼継続+1年間点眼中止の合計3年間の近視進行量の比較において、ATOM2スタディにおける0.5%、0.1%のように逆転することはなく、0.05%、0.025%の中止後のリバウンドは許容範囲であると解釈されました(図2)。しかしながら、0.05%では瞳孔径変化量、羞明自覚率、リバウンドが大きく、0.025%が近視進行抑制効果と羞明の副作用およびリバウンドとのバランスが最もとれた濃度と思われます。

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼
【図2. LAMPスタディにおける治療継続と中断による近視進行量の比較.
(Yam JC et al. Ophthalmology. 2021. Figure 2を改変し引用)D:ジオプトリ―】

アトロピンが近視の進行を抑制する確かな作用機序は未だ明らかではありませんが、調節を介する機序ではなく、眼軸長を制御する網膜や脈絡膜のムスカリン受容体を直接ブロックするとの仮説が支持されており、薬理学的機序によると考えられています。

低濃度(0.01%~0.05%)アトロピン点眼液は、現在のところ日本国内では製剤化されていないため、主に眼科クリニックにおいて、日点アトロピン1%点眼液®(日本点眼薬研究所)を清潔操作で希釈して作るか、シンガポールで製剤化されているマイオピンTM(アイレンズ社::図3)を個人輸入し、自由診療で処方されています。マイオピンTMは、LAMPスタディおよびATOM-Jスタディの結果を踏まえて、従来の0.01%に加えて2021年から0.025%が発売開始になりました。日本では、2019年から参天製薬が治験を開始しており、国内での承認および販売の開始が待たれます。

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼
【図3. マイオピンTM 0.01% & 0.025%(アイレンズ社)】

オルソケラトロジーと低濃度アトロピン点眼の併用

薬物的治療は、現在のところ、低濃度(0.01%~0.05%)アトロピン点眼液による治療が、最も有力視されています。しかしながら、近視を治す訳ではなく進行を遅くするだけなので、裸眼での遠くを見る視力が改善するわけではありません。したがって、ある程度近視が進行するとメガネ、コンタクトレンズなどの近視を矯正する手段との併用が必要になりますが、近視進行抑制効果を有する矯正手段との併用が望ましいと考えられます。

高い近視進行抑制効果が期待される近視矯正手段としては、日本国内においてすでに販売されて流通しているオルソケラトロジー(オルソK)が、併用の最有力候補になります。また、オルソKが近視の進行を抑制する作用機序は、光学的機序(軸外収差の抑制、高次収差の増大;オルソKの項参照)によると考えられており、アトロピン点眼液と異なります。作用機序が異なるのであれば、併用による相加効果が期待され、より強力な近視進行抑制治療になるかもしれないと考えられました。

そこで私たちの研究グループは、オルソKと0.01%アトロピン点眼液の併用療法の有効性を確かめるランダム化比較試験を行い、オルソK単独療法の眼軸伸長抑制効果に対する2年間の相加効果について世界で初めて明らかにしました。等価球面屈折値-1.00 ~-6.00 Dの近視を有する8 ~12才の男女80人を対象としました。オルソKを開始して1~2ヶ月後に角膜中心部の厚みが安定すると報告されているので、オルソK開始3ヶ月後を基準時として、オルソK+0.01%アトロピン点眼併用療法群(併用群)もしくはオルソK単独療法群(単独群)の2群にランダムに振り分け、併用群はオルソK開始3ヶ月後の基準時から0.01%アトロピン点眼(1回/日就寝前)を開始しました。

両群とも以後3ヶ月毎にIOLマスター®を用いて眼軸長の測定を行い、合計73人(併用群38名、単独群35名)が2年間の検査を完了しました。2年間の眼軸長変化量の平均値は、併用群0.29 mm、単独群0.40 mm増加し、2群間で有意な差を認めました(P = 0.03)。併用療法はオルソK単独療法と比べて28%の眼軸伸長抑制の相加効果を認めました。また併用療法による最初の1年間の相加効果は43%で、特に併用1年目において抑制効果が高いことが確認されました(図4)。

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼
【図4. オルソK+0.01%アトロピン点眼併用群とオルソK単独群の眼軸長変化量の経過.併用群はオルソK開始3ヶ月後の基準時から0.01%アトロピン点眼を開始した.(Kinoshita et al. Sci Rep. 2020. Figure 2を改変引用)】

表2に日本人学童を対象とした研究における2年間の眼軸長増加量と眼軸伸長の抑制率を示します。平岡らの報告によると8~12才の単焦点眼鏡群の2年間のIOLマスター®による眼軸長変化量の平均値は0.71 mmだったのでこれを借用すると、オルソK+0.01%アトロピン点眼併用療法の2年間の近視進行抑制率は(0.71-0.29)÷0.71=0.59で計算され、単焦点眼鏡と比べて59%に相当しました。これは奇しくもオルソK単独療法の抑制率を43%(Liらのメタアナリシスの平均値;表4)、併用療法の相加効果を28%として計算した抑制率:1-(1-0.43)×(1-0.28)=0.59(59%)に一致しました。

日本人学童を対象とした研究における2年間の眼軸長増加量と眼軸伸長の抑制率

表3に日本国内で現在使用可能な治療方法とその近視進行抑制率のまとめを示します。2年間の眼軸伸長の抑制率は、オルソK+0.01%アトロピン点眼併用(59%)>オルソK単独(43%)>0.01%アトロピン点眼単独(18%)ですので、オルソKと0.01%アトロピン点眼液の併用療法は、近視進行抑制治療における最も効果的かつ実用的な選択肢になり得ると考えられました。

日本国内で現在使用可能な治療方法とその近視進行抑制率

オルソK開始時の屈折値-3.00Dで対象を分けて、2年間の眼軸長変化量を2群間で比較したところ、-1.00 ~-3.00Dの弱度近視においては、オルソK単独療法の抑制効果が比較的弱く併用療法はより効果的でしたが(併用群0.30mm、単独群0.48mm、P = 0.005、38%抑制)、−3.01~−6.00Dの中等度近視においては、オルソK単独療法の抑制効果が十分に強く併用療法と同等(併用群0.27mm、単独群0.25mm、P = 0.74)であることが確認されました(図5)。

低濃度(0.01~0.05%)アトロピン点眼
【図5. -1.00~-3.00Dの弱度近視(A)と-3.01~-6.00Dの中等度近視(B)におけるオルソK+0.01%アトロピン点眼併用群とオルソK単独群の眼軸長変化量の経過.エラーバー=標準偏差.(Kinoshita et al. Sci Rep. 2020. Figure 5を改変引用)】

0.01%アトロピン点眼液の網膜や脈絡膜に対する薬理学的抑制効果がオルソK開始時の屈折値(=オルソKによる矯正量)に影響を受けるとは考えにくく、他の機序により併用効果を認めた可能性があると考えられました。オルソKの近視進行抑制効果は瞳孔径が大きい方が強いことが報告されており、ATOM2およびLAMPスタディにおいて、0.01%アトロピン点眼群の明所視瞳孔径は点眼開始前と比べて開始1年後にそれぞれ0.91mm、0.49mm拡大したと報告されています。

また香港のChoらのグループは、我々と類似の研究を行っており、併用療法群において明所視瞳孔径およびいくつかの高次収差(=角膜の変形)の成分が大きい子どもの方が近視の進行(=眼軸長の伸展)を有意に抑制したと報告しています。したがって、オルソKによる矯正量が小さい(=角膜の変形が小さい)弱度近視おいては、比較的弱いオルソKの光学的抑制効果が0.01%アトロピン点眼液の軽度散瞳作用により増強され、オルソKによる矯正量が大きい(=角膜の変形が大きい)中等度近視おいては、オルソKの光学的抑制効果がもともと十分に強いために差がでなかったと考えると矛盾がありません。それゆえに 0.05%、0.025%などアトロピン濃度を大きくすれば、網膜や脈絡膜に対する薬理学的抑制効果により中等度近視においても抑制効果に差がでるかもしれません。

瞳孔径拡大による羞明の訴えがない子どもにおいては、今後は0.025%アトロピン点眼とオルソKの併用療法が最も効果的かつ実用的な選択肢になる可能性があると考えられます。

参考文献

木下望.“E. 低濃度アトロピン点眼,2. 低濃度アトロピン点眼の処方・使用上の注意,b. 併用療法の効果はどの程度期待できる?”.
クリニックではじめる学童の近視抑制治療.
平岡 孝浩,二宮 さゆり編.東京,文光堂,2021,38-42.

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木下望.近視から子どもたちの目を守れ!近視と闘い続けた眼科医からのメッセージ.
東京,幻冬舎,2021.

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【執筆者】木下 望(CS眼科クリニック近視抑制外来/こんの眼科/おが・おおぐし眼科)