強膜レンズ
強膜レンズとは
臨床に応用できるようになった強膜レンズの二大用途は,重症ドライアイの治療と従来のレンズでは矯正できない強度不正乱視に対する屈折矯正である.本レンズの歴史と特徴について解説します.
強膜レンズの歴史
強膜レンズは,1880年代にガラス細工で製造されたのがその始まりといわれています.しかし,レンズフィッティングの原理や角膜生理への理解が乏しかったため,その普及には至りませんでした.1939年にPMMAレンズ素材が登場し,また機械(CNC: Computerized Numerical Control旋盤機)による正確なデザインの再現が可能になり,強膜レンズは再び注目を得ました.
しかし,角膜への酸素供給やレンズ下の涙液交換不良といった問題から,やはり実用までには至りませんでした.涙液交換を目的とした有窓の強膜レンズも登場しましたが,レンズ下への空気の迷入や汚れの付着など問題は多く,強膜レンズはコンタクトレンズ(CL)の世界から消え去るかのように思われました.
強膜レンズの飛躍的な進歩は,酸素透過性レンズ素材の登場とCNC旋盤機による涙液交換を可能にするレンズデザインとフィッティング技術の確立によります.1992年にPerry Rosenthal医師(故人)(図1)により設立された, 米国Boston Foundation for SightにおけるBoston Scleral Lens(ボストンレンズ)は, 1994年にFDAの承認を受けています(図2).
- 図1.
-
2001年.米国Boston Foundation for Sight,Dr. Perry RosenthalとDr. Janis Cotterのもとへ患者さんを連れて,強膜レンズ(Boston Scleral Lens)の処方を学びに研修旅行.
- 図2
-
【図左】強膜レンズは,レンズ(赤)後面と角膜(青)間に涙液が貯留するスペース(黄色)をもち角膜輪部を超える大きなレンズである.【図中央】良好なフィッティングが得られると涙液交換が可能である.フルオレセインで染まったレンズ下涙液は涙液交換があることを示す.【図右】強膜レンズの直径.左端のレンズは直径8.8mmの通常のHCL.
その後,財団はBoston Sightと名称を変え,PROSE(Prosthetic Replacement of the Ocular Surface Ecosystem)として現在,米国13施設,インド3施設,日本1施設にレンズを供給しています.また,日本では,2016年に京都府立医大で開発された輪部支持CL(サンコンKyoto-CS)がスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS),中毒性表皮壊死症(TEN)に対し薬事承認されました.
何故,強膜レンズなのか?
最重症ドライアイに対する治療と屈折矯正目的
a) 手術を補助する,またはそれに代わる選択肢
スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS),角膜熱傷,化学傷等は,重症型ドライアイを呈すとともに,眼表面(OS:Ocular Surface)は不正乱視と混濁により視機能を著しく障害します.
重症ドライアイ眼に対する手術成績は従来必すしも良好ではありませんでした.しかし近年,角膜輪部,羊膜移植,角膜パーツ移植等により視機能の回復を得たとする症例の報告があり注目されています.しかし,そのすべての症例が良好な結果に帰するわけではく,その理由は,術後の移植片への拒絶反応はもとより,術後のオキュラーサーフェスの状態,すなわち涙液の不足や眼瞼の障害(瞼縁の不正・睫毛乱生等)により,再建されたオキュラーサーフェスが再び術前と同じ環境のもとに同じ経過をたどり元に戻るといったシナリオがあります.また,SJS,重症シェーグレン症候群(SS),眼類天庖瘡(OCP)の中には,QOLは非常に低いものの手術の適応にはならない症例も多数存在し,患者は絶望感を,眼科医は無力感を抱いているという現実もあります.
強膜レンズは,重症ドライアイ術後症例に対しても,手術の適応のない重症ドライアイ症例に対しても,レンズ下に常に涙液(水分)を保持し,またハードコンタクトレンズ(HCL)素材により不正乱視を矯正し,ドライアイ解消と視機能の向上を可能にします.症例によっては強膜レンズの装用により角膜の透明性を回復したものもあります(図3).
- 図3.スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)角膜(23歳,男性)
-
感冒薬により発症し17年が経過したSJS角膜.左:強膜レンズによる治療前;角膜への新生血管侵入,一部角膜の結膜化,炎症による角膜混濁がみられる.右:治療後;強膜レンズ裝用開始後1カ月.新生血管の怒張は減少し,炎症の軽減にともない角膜は透明化し視力も(0.1)から(1.0)へ回復した.オキュラーサーフェスの再建手術は施行していない
強度不正乱視症例におけるCL不耐症の解消と屈折矯正目的
a) 手術を補助する,またはそれに代わる選択肢
円錐角膜をその代表とする不正乱視の屈折矯正には,現在もHCLが第一選択です.病態が進行し角膜表面の不正や突出が強い症例に対しては,特殊な形状を有した円錐角膜専用のHCLも存在しますが,進行の程度によっては,レンズの脱落やレンズと角膜の接触が強いことによる疼痛(CL不耐症),角膜混濁が問題となります.このような症例に対しては,従来は角膜移植術がその治療の最終手段でしたが,強膜レンズは,安定したレンズの装用と屈折矯正を可能にし,リスクを伴う手術を回避するため、または手術に至るまでの時間を延長させるための選択肢として期待できます.
一方,強度の不正乱視を残す角膜移植術後眼も,レンズフィッティングの不安定さから従来のHCLの装着は不可能な場合があります(図4).
- 図4.
-
37歳男性.淋菌感染性角膜穿孔に対し全層角膜移植を施行.角膜周辺部の穿孔創をカバーするため角膜移植片は視軸からずれ, 8:00~11:00の周辺部は虹彩前癒着を呈す.強度の不正乱視(図左上下)を呈するため,通常のHCLのフィッティングは不可能である.視力Vs= 0.03 (n.c).【図右】障害のない強膜で支持され,良好なセンタリングと安定したフィッティングを可能にした強膜レンズ.Vs= 0.03 (1.0 x 強膜レンズ)と良好な矯正視力を得,患者の満足度は極めて高い
SJS,TEN,GVHDのような瘢痕性角結膜症で瞼球癒着が顕著な症例に対しては直径の大きなタイプの強膜レンズは装用自体が不可能な場合があります.しかし,眼瞼を含めた角膜以外の前眼部に異常がない屈折矯正目的の処方においては,直径の大きなレンズの方が安定したフィッティングが得られ,装用感,涙液交換においても有利と考えます.ただし,いかにフィッティングか良くとも角膜後面の不正乱視が強い場合には,思ったほどの視力の改善が得られずその矯正には限界があります. 表1に強膜レンズが適応となる可能性のある疾患をまとめました.1)
- 表1.強膜レンズが適応となる可能性のある疾患1)
-
重症ドライアイの治療・角膜保護目的 屈折矯正目的 - スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)
- 中毒性表皮壊死症(TEN)
- 眼類天疱瘡(OCP)
- 角膜化学熱傷
- シェーグレン症候群(SS)
- 移植片対宿主病(GVHD)
- 神経麻痺性角膜炎(neurotrophic keratitis)
- 兎眼性角膜炎
- 遷延性角膜上皮欠損(PED)
- 眼表面再建術後(post-OS reconstruction)
- 強度円錐角膜
- 球状角膜(keratoglobus)
- ペルーシド角膜変性症
- テリエン周辺角膜変性症
- 角膜移植術後強度不正乱視
- 参考文献
-
- 1.Cotter JM, Rosenthal P:Scleral contact lenses. J Am Optom Assoc 1998; 69: 33-40
【執筆者】吉野 健一(吉野眼科クリニック 院長)