導入前の眼科医へ向けて
オルソケラトロジーとは?
オルソケラトロジーとは特殊な形のハードコンタクトレンズ(オルソケラトロジーレンズ、図1)の装用によって角膜の形状を意図的に変化させ、近視などの矯正をはかる治療法である。Orthokeratology=ortho(正常化)+kerato(角膜)+logy(研究、学問)、直訳すると「角膜矯正学」「角膜矯正療法」という日本語になるが、現在は「オルソケラトロジー」と一般的に呼ばれている。省略して「オルソK」または「OK」とも呼ばれている。以降、「OK」と呼ばせていただく。
図1 オルソケラトロジーレンズ
OKレンズはリバースジオメトリーという専用の特殊なデザインが施されている(図2)。中央を角膜表面よりフラットなベースカーブにしたOKレンズを寝ている間に装用し、角膜の表面をフラット化して焦点を後方にずらすことで近視を一時的に矯正する。翌朝OKレンズをはずした後も矯正された角膜の形状は一定時間保たれるため、これを毎日続けることによって日中は裸眼で良好な視力を保つことができるようになる(図3)。
図2 オルソケラトロジーレンズのデザイン
図3 オルソケラトロジーのイメージ図
治療について
OKは手術を受けず日中コンタクトレンズを装用しないで見えるようにできる上、近年は近視の進行が抑えられると日本でも報告され1)-3)、子供の近視に悩む親には魅力のある治療法である。しかし、眼科医がOKを始めるに当たって注意すべきハードルがいくつか存在する。
治療のハードル
- 自由診療
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OKレンズの価格は一般のハードコンタクトレンズの数倍高く、また、保険診療ができないため自由診療である。患者に請求する費用は一般的に最初の1年間は両眼で12万~38万円と高額であるため自ずと患者の期待は高くなる。トライアルレンズを基に注文したOKレンズで効果が十分出なかった場合はレンズを交換するが、その費用を別途請求することは難しい。ラーニングカーブで徐々にそのコストは減少するが、開始当初は赤字になりかねないことを覚悟する必要がある。
- 初期投資
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OK効果の評価にトポグラフィは必須であるため角膜形状解析装置、近視進行に関して眼軸長の変化を患者へ説明するため光学的眼軸長測定装置、角膜内皮細胞の変化を確認するためスペキュラーマイクロスコープ等の器械の購入が必要である。また、レンズの購入費用も決して低額ではない。日本国内にて厚生労働省が認可しているOKレンズは以下の4種類である。
- αオルソ-K®
- メニコンオルソK®(αオルソ-K®のOEM製品)
- マイエメラルド™
- ブレスオーコレクト®
- アイメディ・オルソケーⓇ
使用したいOKレンズのトライアルセットをメーカーごとに購入する必要があり、それらは数十万円と高価である。さらにOKレンズを即日渡したい場合、各アライメントカーブとベースカーブごとに在庫レンズを用意すると通常200枚以上必要となり、200万円以上かかることが多い。
- 角膜感染症
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日本国内でのOKに対する眼科医の評価は様々であり、否定的な意見を持つ眼科医が存在することは否めない。その理由のひとつは角膜感染症の問題である。図4は2019年に日本眼科医会が行った「オルソケラトロジーに関するアンケート調査集計結果報告」にてOK処方施設が1例でも経験した合併症をまとめたものである4)。約7%の施設がOKによる眼合併症として角膜感染症を経験していることは注目すべきである。
図4 オルソケラトロジー処方施設が経験した合併症
自由診療、初期投資の問題は先生方の工夫次第で解決できると思われる。角膜感染症の原因は眼を含めた適応、言い換えれば患者の選択、教育の問題によるところが大きい。処方の詳細は成書、関連雑誌に譲るが、患者(とその家族)がOKを正しく行うことができるかを眼科専門医が見極め、OKについての理解、定期検診の遵守、非常時の対応等をしっかりと構築し信頼関係を築くことが大切である。
適応
- 年齢
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親権者の関与を必要としないという趣旨から原則20歳以上であり、20歳未満は慎重処方である。「20歳未満は慎重処方である」ことを患者とその家族に説明しなければならない。
- 屈折矯正量
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近視度数は-4.00 D以下、乱視度数は-1.50 D以下が原則である。明らかな倒乱視、斜乱視は開始当初の視力が良好でも徐々にOKレンズのフィッティングの偏位が大きくなることが多いため、できれば避けた方が望ましい。そのような症例には現在、アライメントカーブをトーリックデザインにして-2.00 Dまでの乱視に対応する「αオルソ-K プレミアムⓇ」というOKレンズが販売されている。そして、角膜がフラットである(離心率が小さい)ほどOK効果が得にくいことも理解してトライアルレンズを決定する必要がある。その場合、レンズを数回変更する可能性が高いこともあらかじめ説明すべきである。
眼以外の適応
眼がOKの適応であっても、それ以外の問題でOKを断念するケースがある。
- 比較的不適応
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受験生等、日頃から睡眠時間の短い患者、夜勤のある看護師や消防士、当直の多い医師のような睡眠が不規則な生活をしている患者では充分なOK効果が期待できない場合がある。
レンズケアがしっかりできない患者も比較的不適応である。OK開始当初は当院の指示通り正しいケアを行なっていても数年継続するうちにモチベーションが下がり、毎日ケアをしなくなったために汚れたOKレンズを使用していることがある。
- 職業上不適応
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パイロットに対するOKによる矯正は不適合状態であると、航空医学研究センターでは結論付けている。
禁忌
指導医からの説明や指示に従えず、インフォームド・コンセント(Informed Consent)を取得することが不可能な患者及び家族、定期検診に来院できない患者は禁忌である。定期検診を守れないことはその他の守るべき事項も順守できないことにつながる。
慎重処方
眼がOKの適応であっても、それ以外の問題でOKを断念するケースがある。
- 未成年者
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OKの承認と同時に作成されたオルソケラトロジーガイドライン5)は作成後7年を経過し、一定数の市販後調査データの集積が得られたためガイドラインの見直しを行うこととなった6)。主な改正点として、適応年齢を原則20歳以上とするものとし、未成年者への処方に対しては慎重処方とした。しかし、未成年者へのOKが全面的に認められたわけではない。OKで起こりうるリスクを考慮してその可否を慎重に判断する必要がある。
インフォームド・アセント
未成年者への処方は、装用者の理解力、成熟度に応じた説明を行い、本人からのインフォームド・アセント(Informed Assent)を得るとともに、適切な装用を行うために保護者の徹底した管理と協力が必須になることを説明した上で保護者からインフォームド・コンセントを得ることが必要である。「アセント」とは、法的規制を受けない子どもからの了承(賛意)である。小学生以上の子どもには、大人と同様に意思確認書に署名をしてもらうことが望ましい。
以上、簡単であるがOK導入に際しての注意事項を述べた。それらを踏まえてOKを始めた眼科専門医は、その効果に喜ぶ患者とその家族を見てOKの良さを実感すると思う。SOS-Jは、OKを正しく理解し恩恵を患者と共有できる眼科専門医が増えることを願って止まない。
- 参考文献
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- 1)Kakita T, Hiraoka T, Oshika T.: Influence of overnight orthokeratology on axial elongation in childhood myopia. Invest Ophthalmol Vis Sci, 52(5):2170-2174.2011
- 2)Hiraoka T, Kakita T, Okamoto F et al: Long-term effect of overnight orthokeratology on axial length elongation in childhood myopia: a 5-year follow-up study. Invest Ophthalmol Vis Sci, Jun 53(7):3913-3919.2012
- 3)中村葉ほか.オルソケラトロジーによる近視進行抑制効果について.日コレ誌.56(1): 19-22.2014
- 4)公益社団法人日本眼科医会.オルソケラトロジーに関するアンケート調査の集計結果報告(平成30年度).日本の眼科.90(2):198-206.2019
- 5)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジーガイドライン.日眼会誌.113(6), 676-679.2009
- 6)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジーガイドライン(第2版).日眼会誌.121(12), 936-938.2017
【執筆者】柿田 哲彦(柿田眼科 院長)